ヨンソクのブログ
戻る
2 min read
4年半の振り返り、そして転職、そして今年の回顧を添えて

転職することになって感じたことと、今年の記憶について一緒に書き残しておこうと思う。AIは記事を分けろと言ったけど、一本にまとめて書いてみる。

2021年6月から2025年12月まで、計4年半の生活を最後に、リメンバーでの生活を卒業した。
入社して間もない頃、退職していく方々が「退職検死」メールを書いていて、転職する瞬間のそれぞれの整理された考えを見られるのが印象的だった。あの頃、自分もいつか退職するときにまとめてみようと思っていた。

いざ本当に退職してブログにも書こうとしてみると、退職前にすでに色んな同僚と話したこと、社内Wikiに残してきた会社用(?)の退職検死記事などなど、あまりにも喋りすぎて自分自身で飽きている感がある。それでもブログにも一本残しておいた方がいいだろうと思い、書いてみる。

リメンバー

リメンバー(旧ドラマアンドカンパニー)は僕の最初の会社だ。コロナ禍の中、4年生でコンピュータサイエンスの副専攻を終えようとしていた頃、フロントエンド開発者としてキャリアを積んでいこうと決心した時期。 コロナのおかげで家にこもりきりで、情熱だけは溢れている状態で、適度な規模で多くの経験を積める場所を探していた。当時、開発経験といえば サークルと学校のプロジェクトでやったのが全てだった。学校のチームプロジェクトをやっているうちに、いつの間にかフロントを担当することになって、けっこう面白かったんだろう。

そうして卒業を控え、当時のドラマアンドカンパニー(現リメンバー)に合流した。そしてリメンバーで4年半の時間を過ごすことになった。その間に本当に多くの経験を積んだ。 当初フロントエンド開発者が3人だった時期もあったが、今では11人まで増え、資金調達も2回受けるところまで来たので、かなりダイナミックな時期にいたんだと思う。 4年半が、どこに行っても名刺を出せるほどの長い期間というわけではないけれど、ふと自分の後に入社した人が200人を超えていたという事実に、改めて多くの変化があったことを感じた。

テックリード

今年、自分にとって大きな変化だったのは、フロントエンドチームリーダーの不在により、臨時でチームのTechLeadを任されたことが大きな意識の転換だった。 チームの中で比較的長く会社にいたのでコンテキストも多く知っていたし、それなりの資質が あると判断されたからポジションを提案してくれたのだと思う。その点は今でも周りの同僚と組織に感謝している。

大きな権限があったわけでも、重大な責務が強く求められたわけでもなかった。自分自身がより強く課していたのだと思う。 初めて就くポジションだったので、それまで見てきた他のリーダーたちを思い浮かべながら、あの人たちならこの状況でどうしただろう?と考えて行動しようとしていた気がする。

自分がフォーカスしていたのは、チームの意思決定における方向性を定めたり、ガイドしたり、メンバーの様々な意見に対して適切なバランスを保つよう気を配り、各自が業務に集中できるようにすること。 初心者だったので完璧にこなせたとは自分の口からは言いにくいけれど、内心かなりの努力はした。

一方で、自分の力量では難しい部分もあった。 リーダーならチームメンバーの成長において、SWEとしてどう成長すべきか、方向と速度について提言できるべきだと思うのだが、この部分が本当に難しかった。 どの年次でどんな経験値を持つべきで、それに見合うためにはどんな技術的・構造的な思考力を身につけるべきか、そしてそれを自分が判断するに足る力量を持っているのか——そういう悩みにつながっていった。

自分をフレーミングしているだけかもしれないが、僕も開発者としてこの組織が最初の組織で、絶対的な経験値が多くはなかった。もちろん修練を通じてこうした部分をある程度は鍛えられると思う。 ただ、この方法で内功を積むにはかなり時間がかかると感じたし、そういった経験値を積むには多様な組織と経験を重ねる必要があるという結論にも至った。 目先のリーダーの座からは離れることになっても、いつかもっと準備ができた状態になるためには避けて通れないと思った。そういう部分があるからか、離れることが惜しく感じられるのだと思う。見方によっては相関関係があるようにも見えるけれど、逃避というよりは世界観の拡張という感覚に近い。 DLCを解放したからには、それに見合ったスキルセットを身につけなきゃいけない——そんな感覚だ。

成長

多くのジュニアがそうであるように、僕も「成長」というキーワードに強く執着していた。「成長」というキーワードが、もっと上を目指したいという欲求であるときもあれば、取り残される恐怖であるときもあった。 そういう考えがかえって自分を苦しめることもあった気がする。ああいう思考の先には常に「行動」が伴わないと解消されなかったからだ。勉強するとか、サイドプロジェクトをやるとか。 あるいは単に成長できる環境じゃないなら環境のせいにしがちになる。一種の補償心理、あるいは作用反作用として心理的な解消が求められた。 そのせいで、ある瞬間からモチベーションではなく囚われているような気がし始めた頃、執着を手放すことにした。絶対的な王道なんてどこにあるっていうんだ…!

成長は線形じゃない。そして万人に通用する絶対的な王道はないと思う。これもまた僕だけの考えかもしれないけど。少なくとも、自分の道は自分だけが経験を通じて切り拓くものだと思う。その過程で、ある程度の普遍性は存在しうるだろうけど。 成長して何かを成し遂げようとするというより、小さく積み重ねていけば、いつの間にか成長している——そんな感覚だ。 自分が歩んできた中で足りなかったのは、チャンスを掴む勇気、リスクを引き受ける勇気で、こうした部分を改善しようと小さな努力を重ねてきた。 控えめなところでは一人で海外カンファレンスに行ってみる決心をするとか、大きなところではFEConfに登壇応募してみようと考えるとか、テックリードを引き受けるとか、意思決定のホップを減らしてみるとか、そういう努力をした。

そうしたものが積み重なっていくうちに、自分の中のそういう恐怖がだいぶ薄れて、行動してみると思ったほど恐れることはないと学んだ。まだまだ努力は必要だけど。

転職

リメンバーでかなり長い時間(?)を過ごしたが、最近まですごく積極的に求職活動をしていたわけではなかった。積極的に動いていなかったというか……少し複合的だったと思う。 最後にやっていた仕事がリメンバー名刺サービスのWebリニューアルで、大きな仕事を終えるタイミングになると、キャリア的な完結感が出てきた気もする。(退職と直接の関係はない。ただなんとなく……)

上で触れた、自分に必要な力を伸ばしたいという部分が一番大きかった。魔法のように新しい組織に行けば解消されるものではないと分かっている。誰かに埋めてもらえるものでもないということも。 自分の今の経験値に対する外部の評価を怖がっていたのだが、それを克服するために向き合ってみようとしたのも大きかった。 だからといって、あちこち手当たり次第に受けて回ったわけではない。自分自身も採用プロセスに多く携わってきた身として、自分の腕試しのために誰かのリソースを消耗させたくなかった。 新しい経験を積めて、かつ違う規模感を体験できる組織を待っていた。

そんな中、前から気になっていた組織の求人を見かけて、応募した。そうやって選考を進めているうちに、もう一つ別の組織でも進めることになった。 選考の進行スピードには差があったが、結論としてはほぼ同じ時期に二か所とも受かった。

11月の半ばごろに二か所の結果が出て、リメンバーに残るという選択肢も含めて三つの選択肢を前に、本当にたくさん悩んだ。 慎重な決断のためにできる限り多くの情報を集めたし、その過程で助けてくれた方々には本当に感謝している。そして、僕の悩みのために燃やしたAIたちのリソースにも感謝を送っておく。

怒っているクロード
自律性を返してくれる(?)
グッドラック

どちらも面接の体験は本当に良かった。自分が経験してきたことについて十分に話すことができたし、緊張しないようにうまくほぐしてもらえた。 悩んだポイントは、二か所で職種が微妙に違っていたこと。むしろ同じ職種だったら比較しやすかったのに、そこが難しかった。 おかげで、自分が何をより楽しめるのかを考えるきっかけにもなった気がする。

一方で、個人的に安定感も求めるタイプなので、学年が上がって新しいクラスに行くとか、転校するようなことは少し怖かった。今の状態ではすでに確認済みの環境にいるわけで、 新しい環境はまだ未知数だから……。でも今回はもう少し新しい環境に賭けてみることにした。やってみなければ分からないのだから。

心残り

転職の過程で予想外の経験もした。合格した二か所の間で悩んだ末に最終決定をし、辞退の旨をもう一方に伝えた。その後、もう一度説得の場が設けられたのだが、思いがけない言葉を聞くことになった。 説得の中で、個人的な関係について不必要な冗談めかした言及があった。説得もあったが、もう一方の選択肢のリスクを強調する中で、わざわざそこまで言わなくても、という話がいくつかあった。 転職が初めてだから元々こういうものなのか、冗談という意味で気にせず流すべきなのか、どれだけ考えてみても、なぜ自分がそんな話を聞かなければならなかったのか分からない。

「これからテヘランロで会わないようにしよう」とか、「彼女と別れたらどうするつもりだ」とか、そういう冗談(?)だった。冗談なら不快に思うなということなのかと、自分がおかしいのかと、一瞬思考が止まった。とにかく、初めての経験だった。

選ばなかった方への未練を断ち切らせるための、情を切る作業だったのではないか?と思ってみたりする。

それ以外のフローでは、他の方々は本当に親切でナイスだった。

結果/願い

最終的にネイバーファイナンシャルにFEとして合流することになった。
リメンバーに初めて入社した頃は、リメンバーがネイバーワークスと同じ場所にいたのだが……回帰(?)したということだろうか?不思議な気分だ。

開発と問題を解くことは楽しい。新しい組織でもその楽しさをうまく見つけ出して、幸せな日々を送ろうと心に決めてみる。


2025

今年も本当によく走り抜けた。

発表

今年は二度の発表を行った。一つはチームの採用プロモーションとして、ausgフロントエンド勉強会でReact Devtoolsにコントリビュートした経験を発表した。 内容は以下にまとめていたものをベースにしており、少しでもチームメンバーの採用に役立てればと決心して申し込んでみた。

React Devtools에 기능 추가하기 | 장용석 블로그

TopLayer(dialog, popover API)를 사용할 때 React DevTools의 하이라이트와 인스펙터가 정상적으로 표시되지 않는 문제와 이를 해결하기 위해 React 오픈소스에 직접 기여한 경험을 공유합니다.

https://yongseok.me/blog/react-devtools-contribute/
React Devtools에 기능 추가하기 | 장용석 블로그

GitHub - public-frontend-group/meetup: Collective Intelligence FE Group offline meetup

Collective Intelligence FE Group offline meetup. Contribute to public-frontend-group/meetup development by creating an account on GitHub.

https://github.com/public-frontend-group/meetup?tab=readme-ov-file#19th-meetup
GitHub - public-frontend-group/meetup: Collective Intelligence FE Group offline meetup

二つ目はFEConf 2025での発表だ。React Compilerについて探究してきた内容をもとに発表した。詳しい発表内容は以下の動画を見てほしい。

FEConfでの発表を決心した理由は二つほどある。そして少しの心残りも。
昨年ラスベガスでReact Conf 2024に行ったときに遡るのだが、当時正式に公開されたReact Compilerのインパクトは大きかったと思う。 そうしたワークアラウンド自体は新しいものではなかったが、どのように扱い、方向性が何なのかが気になって探究を始め、記事を多くの方に読んでいただいた。

React Compiler, 어떻게 동작할까 [4] - SSA변환(이론과 구현) | 장용석 블로그

React Compiler의 SSA 변환에 대해 알아보자. SSA는 Static Single Assignment의 약자로, 최적화를 위해 사용되는 중간 표현 중 하나입니다. SSA는 변수가 한 번만 대입되도록 제한하는 특징이 있습니다. SSA 변환 알고리즘의 핵심은 phi함수를 어디에 놓을지를 결정하는 것입니다. React Compiler의 경우 어떤 알고리즘을 사용하고 있을까요?

https://yongseok.me/blog/react_compiler_4/
React Compiler, 어떻게 동작할까 [4] - SSA변환(이론과 구현) | 장용석 블로그

僕は魅力的な技術だと感じていたし、多くの人に使ってもらい事例を共有してほしかった。もちろんまだRCだったこともあるが、思った以上に存在すら知らないケースのほうが多かった気がする。 自分自身も初めて技術を学ぶとき、ガイド本や動画を見て参考にしていたことを思い出した。壮大な使命が与えられたわけではないが、二つの選択肢があると思った。 一人で黙々と探究して使うか、自分が関心を持つ技術を他の人にもより分かりやすく共有するか。開発エコシステムを支える大きな力は、オープンソースと共有する文化にあると思う。 自分の発表が完璧でなくとも、アンカーとなる映像資料があれば、もしかすると興味を持つ人たちの呼び水になるかもしれないし、新しい意見も出てくるのではないか、と考えた。

AIの発展で他言語の資料へのアクセスは容易になったが、それでも母語で触れられる情報が少しでも多くあれば助けになるのではないかと思った。 自分の周囲の環境が勝手に望み通りに変わるのを待つのは、確率的に極めて稀なことだ。少なくとも自分が変えようと動いてみることで、エコシステムが少しでも豊かになるのではないか。 とはいえ計画通りにすいすい進むわけもないが、そんな決意で応募してみたところ、興味を持っていただけたのか発表の機会を得ることができた。

25分ほどの発表だったが、なかなか長い時間だったかもしれない。原理的な話に集中したため、実体験の部分をあまり盛り込めなかった。 40分くらいあれば十分だったかとも思うが、いずれにせよフォーカスしたかったのが原理だったので、少し退屈に感じられたのではないかという心残りがあった。そして最後に修正したスライドに誤字を残してしまい、永久に刻まれるという悲しい出来事もあった。

それでも心配していたのとは裏腹に、会場が満席になるほど多くの方が来てくださり、新鮮な経験だった。次に別の場で発表する機会があれば、そのときはもっと経験を分かち合う場にしたい。 これからもたゆまず努力していこう。

苦痛/期待/訓練

Circular Motion vs Mass on Spring

メモ帳に断片的に書き留めていた今年の考えを改めて見返してみた。

動的平衡という言葉が好きだ。一見すると何の変化もない平衡状態に見えるが、実は絶えずダイナミックに動きながら均衡を保っている状態のことを指す。 高校生のときに読んだ福岡伸一の著書のタイトルでもある。

https://product.kyobobook.co.kr/detail/S000000828148

No description available

https://product.kyobobook.co.kr/detail/S000000828148

今年は内外で多くのことがあった。

心の中の平衡を保つには、穏やかで静かな状態になるには、固定された状態ではなく絶えず流れる動的な状態でなければならないと思う。 苦痛を消し去ろうとするのではなく、あるがままに認めなければならない。結局は内なる期待であり、欲であり、執着から生じるものではないか。 執着と期待を手放す方法は、考えないことではなく、その存在を否定せずに流し、変化していくことではないだろうか。
そう。言葉の通りに行えたなら、我々はとっくにたどり着いているはずだ。知ることと生きることの間には、それほどまでに遥かな隔たりがある。 僕もそうだし、そのためには絶えず考え直し、訓練し続けなければならない。

母が仏教哲学の書物を好むからか、電話をすると時折、仏教哲学に根ざした心の持ちようについて話し合ったりする。 そのたびに結局は心の持ちようの大切さに帰結する。それほどに難しいということなのだろう。

一日一日、一週間が繰り返されていると思うのだが、実は繰り返しなどないのではないか。ただ毎回新しい一日一日ではないか……これもまた小さな生の環なのだろうか、と考えてみる。 輪廻は生と死の環だが、実はスケールの違いがあるだけで本質は同じではないだろうか。その環は生と死だけでなく、一年にもなりうるし、一週間にもなりうる。 一日にもなりうるし、小さくは一瞬一瞬にもなりうる。刹那を生きる我々にとって、小さなフラクタルの輪廻の中で小さな解脱を重ねていくことこそが本質ではないだろうか。

そう、行うことが一番難しい。巨人の肩の上に乗っている科学技術とは違い、数多の聖人たちが通り過ぎていったにもかかわらず、それぞれの心は巨人の肩の上に立てない。 ただそれぞれの経験と思索の記録があるだけで、それぞれの道は行動によって照らされる。 止まることのない時間軸の上に生きている以上、存在そのものは意味を持ちえない。行動する瞬間だけが意味を持つ。

空っぽの真空でさえ、粒子と反粒子、粒子対の生成と消滅の繰り返しではないか。空にすることは、変化を絶えず満たし続けることと同義だ。

量子揺らぎ

哲学者になろうとしているわけではなく、今年を過ごしながら持続可能な姿勢を見つけようと多くのことを考えてきた気がする。
来年もうまく流していける人間でありたい。

フィルム/旅行/映像

spacecell님의 웹사이트

No description available

https://www.spacecellfilm.com/
spacecell님의 웹사이트

今年の初めにスペースセル(spacecell)というラボを見つけた。super8のワークショップをやっているということを知り、super8と16mmの二回のワークショップを受講した。 自分で撮影もして、暗室で現像もして、本当に楽しいワークショップだった。たった二回のワークショップだったけれど、会社の外で別の分野にいる方々と短くても話ができて面白かった。 どんな人たちが映画を作っていて、どんな考えを持って作品を作っているのか、その話を聞けたのが興味深かった。

ついでにドキュメンタリーも作ってみようと、super8フィルムを何本か持ってスヴァールバルにも持っていった。うっかり通してしまったCTスキャナーの傷跡は残ってしまったが、それでも意味のある映像を収めてきた。 セイウチを撮影し、スペースセルで現像した後、ドイツのandecにプリントを依頼した。global super8 dayにプリント版を上映したかったのだが、現像所の都合でタイミングが合わなかった。 デジタル版を流すことにはなったが、むしろ音も聴かせることができたので、かえってよかったんじゃないかと思う。

その後、約4ヶ月間ドイツにあったフィルムは、ちょうどドイツを旅行中だった恩人が催促(?)してくれたおかげで、運よく早めに受け取ることができた。専門の現像所に出すと想像以上に費用がかさんだので、次もお願いするなら覚悟が必要だ。 詳しくはまた別の記事で書こうと思う。

初期スキャン版で、andecから届いたバージョンでのリニューアルが必要

一昨年カメラを買い直してから映像をたくさん撮ろうと決意したものの、今年は旅行のとき以外はあまり撮れなかった。相変わらず自分の中の負債のひとつだ。 一方でちゃんといいものを作りたいという気持ちはあるのだが、まだそれだけの動機が足りないらしく、スヴァールバルの映像もまだ仕上げられていない。今年中には必ず…終わらせたい… なぜ負債なのかと今になって考えてみると、慣れない分野だからこそ何をどう勉強すればいいのか、そもそも勉強が正解なのかもわからない曖昧さのせいだったんじゃないか。来年は達成よりも、まず方法を探すことにもっと集中してみよう。

[[今年の映像がまとまったらここに入れる予定。]]

言語

今年の初めはノルウェーに行く前にノルウェー語の勉強をしていた。スヴァールバル旅行記にも書いた通り、とても役に立った。韓国に帰ってきてからもDuolingoで続けていた。でも、だんだんモチベーションが下がってきていた。

そんな頃、今年の夏に彼女の交換留学時代のフィンランド人の友人夫婦がソウルに旅行で来た。タイミングが合って、短いけれど二日間ほど一緒にソウルを案内した。暑さをものともせずあちこち回った。 やっぱり地元民としての面目を保つために、あまりにもベタな観光コースは避けようとすると、意外と難しかった。初対面だったのに、たった二日で帰ると聞いたときはやっぱりどこか寂しかった。 その頃からノルウェー語の勉強に加えて、Duolingoでフィンランド語も始めた。今のところまだ続けられている。 ノルウェー語とスウェーデン語は似た系統だからフィンランド語もそうだろうと思っていたら、まったく別の言語体系だった。ノルウェー語はまだ英語っぽい(?)ところがあったけれど、フィンランド語は完全に新しい体系に感じた。 体感的にもっと難しい言語だと思った。

どれだけ続けられるかわからないけれど、学ぶことだけはやめないでいよう。

来年頑張ること

今年自分に足りなかったと感じた点は以下の通り。

記録すること

今年の前半は振り返りの集まりをやっていたので、一応毎週その週の振り返りを書いてはいた。途中でやめてからは、あれこれ忙しいという言い訳で自分の生活についての記録をあまり残せなかった。 だからか、今年を振り返ろうとしても多くの部分が思い出せないという事態が起きた。毎日日記をつけるのは難しいけれど、自分なりのやりやすい方法で、少しでもその日その日のこと、あるいは覚えておきたいことがあれば残す習慣をつけなければ。 退職するときにもなおさら感じたが、記録するということは本当に難しい。(自分にとって)なぜ難しいのか、じっくり考えてみた。大抵の場合、何を書こうかがまず先に来るから、そこにフォーカスして進めてしまう。書きたい内容やフレーズを中心に広げようとするので、 読み手が誰になるのか、その内容がどんな意味で伝わってほしいのか、どんな流れにするのか、といった部分が抜け落ちてしまう。そうすると中途半端な塊だけが残って、完結できなかったり迷走したりする。 そしてそれに疲れて先送りにしてしまう。このパターンがずっと繰り返されてきた気がする。来年は仕事の記録にしても日々の記録にしても、もう少し大きな枠で捉えるようにしたい。あるいは、もっと小さく小さく分けるか。

完結させること

上と似たような話だ。今のブログを見ても、まだ完結していない記事がいくつも残っている。書く側としては上の問題が原因でもあるし、もうひとつの理由としては、書いているうちにどんどん深入りしてしまって道に迷ったり、 一度に完結性のある文章を書かなきゃいけないという重圧に陥ったりする。誰に頼まれたわけでもないのに。文章の場合はそうだし、細々としたことでモチベーションが簡単に尽きてしまったものもある。映像は撮ったのに編集を先延ばしにしたり。 大抵は手に余るからそうなってしまう。来年はもう少し物事をきちんと締めくくれる人間になりたい。完成に固執しすぎず、不完全でもとにかく一区切りつけてみるとか、試みを小さく始めるのがいいと思う。

素早い実行

考えすぎるところがある。だから決断を前にして長く悩んだり、必要以上に時間を費やして悩みの沼にはまることがちょくちょくあった。たいていそういう場合、答えは実は心の中で決まっていて、他の外的要因に引きずられて悩んでいることが多い気がする。 よほど理性的な分析が必要な場合でなければ、さっさと決めて経験してしまったほうが結果的に良かったように思う。決断に伴うリスクが怖いなら、いっそリスクを事後的に軽減できる力を磨くほうが助けになるだろう。 「白黒シェフ」(韓国の料理バトル番組)を最近観ているのだが、制限時間内に料理をしていて問題にぶつかる場面がある。経験豊富なシェフたちはそういうとき、素早く代替案で切り抜けていく。リスクへの備えには限界がある。去年に引き続き勇気をたくさん出せた今年のように、 来年もどんどん多くの経験にぶつかって、いろんな対処法を積み重ねていこう(障害をどんどん起こすという意味ではない)。

頑張ろう

12月の休み中にちょこちょこ書き溜めていたものを全部まとめてみた。まだ終わっていない記事たちを前にしていると、振り返りならすぐサラッと書けるだろうと思って始めたのに、振り返ること自体のほうが難しかった。 来年も一生懸命、豊かに生きていこう。